ドナルド・キーン「日本の文学」の感想―守備範囲が広すぎる日本文学入門書

 日本文学に明るいわけではないのですが、ドナルド・キーン氏の「日本の文学」を読んでみました。
 キーン氏没後1年によせての復刊らしいです。発表年が異なる数作から成るのですが、表題作の「日本の文学」の章は、1952年が初出。三島由紀夫が解説しているという贅沢っぷりです。


 もともとアメリカの大学生を対象とした入門書として執筆されたそうで、そのためでしょう、文学の専門書としては破格の読みやすさです。さすがに日本史や古文の知識が全くないときついでしょうが、高校程度の知識があれば楽しく読めます。

 本書で特に印象的だったのが、対象に対する作者の視野が驚くほど広いことでした。
 はっきり言って「日本の文学」という言葉が示す範囲はめちゃくちゃ広い。日本の歴史はそれなりに長いし、文学にもいろいろなものがあります。でも本書においては、このタイトルは意味が広すぎるわけではありません。
 本書の扱う範囲は、分野としては詩、演劇、日記から小説まで、時間としては古代から近現代までを抑えたうえで、西洋や中国の文学との比較のもと、日本文学の特徴を概説していきます。決して多くないページ数で、時には大胆な取捨選択をしながら。本書を読んでも日本文学の全容がわかるわけではありませんが、少なくとも日本の文学が他国との比較のもとどんな特徴を持っているのかは知ることができます。
 中でも本書の最初の「日本の詩」の節では、国文学者というよりむしろ言語学者のような視点からの議論が見られ、大変興味深かったです。曰く、開音節で四声も持たない日本語では、押韻は求められず、その代わりに音の数だけを決めた詩(和歌)が発達したとのこと。その上、日本語には同音異義語が多いために、自然とひとつの言葉に複数の意味を持たせるような和歌の形式が一般的になったということ。
 言われてみたら確かにその通りで、ともすれば「そりゃそうだ」と感じるほどです。しかし日本語だけでなく印欧語や中国語にも明るいキーン氏が、多言語の詩歌を交えながら語ると、説得力も格別です。
 適当なこと言いますが、こんなやり方は、キーン氏以外にできないんじゃないでしょうか。しかもこれが1952年公表という。

 ということで、ページ数あたりの情報量という意味で大変お得な本書なのですが、不満点をひとつだけ挙げるなら、古文や漢文の書き下し文に現代語訳が欲しいと強く感じました。もとの英語版では英訳されたものが載ったので問題にならなかったのでしょうが、初学者(高校でかじった程度)に原文だけの記載というのはきついです。

 あとは本書と関係ない余談ですが、キーン氏の雅号は鬼怒鳴門(きぬ+ど+なると、鬼怒川+鳴門)といいます。こちらはひとつの言葉に複数の意味を持たせているのみならず、ひとつの文字に複数の読み方をさせていて、日本風言葉遊びを駆使していますね。

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